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呉彦祖(ダニエル・ウー)、両端(西洋と東洋)の分裂を拒絶する②
2006 / 10 / 09 ( Mon )
20060922183800.jpg
(画像より、「時尚芭莎 BAZAAR」関連ページへ)

内容は、彦の小さい頃の話とか『夜宴』についてとか。
翻訳もかなりボロボロです・・・↓↓↓
ちなみに、“ ”内が彦のセリフです。
一部誤解を招くような訳もありますが、翻訳サイトと辞書を優先に言葉は選んでいます。
ちょっと大げさに表現しているだけで、本当はもっと優しい感じじゃないかなぁ・・・と思います。
インタビューはあと1ページあるのですが、まだ全くの手付かず(汗)
こんな翻訳でも読んでやるよ!!な方は、どうか気長にお待ちくださいね。

東洋と西洋、相互作用と影響は?

呉彦祖はアメリカ・サンフランシスコ生まれで、そこはブルース・リーの故郷でもある。彦は今でも小さい時の事を覚えていて、父のマスターテープは、彦を現地のある映画館へブルース・リーの映画『龍争虎斗(燃えよドラゴン)』を見に行かせた。映画館の中から出てくる時の事をまだ覚えていて、(映画館から出てくる)アメリカ人の口の中で思っている(つぶやいている?)質の悪い中国語が聞こえた――kung fu。

11歳の時、両親は彦を現地のある太極拳の道場へやった。先生は北京から来た優しい老人で、一着の白色の丈の短い上着を身につけ、人をまどろんだ目で見、最初の授業ではどんな拳法も教えなかった。ただひとつ彦が覚えているのは、先生が自分が聞いて分からない言葉(中国語??)を言う事だった――相互作用と影響、その後、近所の何人かのアメリカ人がヌンチャクを訓練している場面に遭遇した。当時、ブルース・リーの『精武門(ドラゴン怒りの鉄拳)』はサンフランシスコ全体を高揚させていた。

その頃は、呉彦祖の夢は第2のブルース・リーになる事であり、18歳の時には、オレゴン大学の建物学部へ入学するに至った。そこで、彦はクラスメートについてエルビス・プレスリーを聞き、ビートルズを聞いた。心の中でかすかに感じたのは、あれらの金髪碧眼の外国人は本当に(似た?)型があるという事だ。
“幼い頃は、自分と他の人とはどんな違いがあるのなんて全く感じなかったけど、いくらかは成長してから、やっと少しおかしいと感じたんだ。甚だしきに至っては(仰々しい訳で・汗)少し卑屈になったり、ただ死に物狂いで本を読んだり、カンフーに励んだりしたよ。しかし、この時はすでにブルース・リーになりたかったわけではなく、ただ卒業した後に日本建築に関係する仕事を探したかったんだ。”

しかし、運命はやはり彼を陽の指さない悪い地へと導き、役者にならせた。

呉彦祖の憧れはロバート・デニーロで、彦の目から見たところ、彼は夜の類のやつが似通う(アウトローな役が似合うって意味かな??)。彦は自分が彼のように残忍な役を演じ得る事を望んで、例えば『教父(ゴッドファーザー)』や、その上半身を露わにしている『出租車司机(タクシードライバー)』があって、彦はそれらの役に同一の評価を持った――大胆である。呉彦祖が求めるのは、この類の大胆な表現だ。
『美少年の恋』や『玻璃(ガラス)の城』に出演したにも関わらず、『香港国際警察』にも出演し、彦は絶え間ない努力で自分の演技の幅を広げた。演技(表現)もますますつかめきれないし、まっすぐでも邪でもない(正義も悪も演じられる?)が、唯一変わらないのは、ちょっと悪ぶって(?)笑う事と、少しもうわの空な表情を気にかけない事だ。

“役者において、試みの異なる役に挑戦する機会がある事はとても重要だ。ただ芸術であれば良いのではなくて、純粋な商業としての行為(映画出演?)もすべてを試みて行くべきだ。”
映画について、重ね重ね芸術だとは言えない。せいぜいただの大衆の娯楽だと呉彦祖は熟知している。

小さい時から西洋式の教育を受けた事について、同時に東洋と西洋の2種類の文化の背景を持っている呉彦祖は話す。『夜宴』の演技に入る前に、多くの人が揃って呉彦祖がこの役の任に堪えることができるかどうかを質疑し、馮小剛にどうして都市の喜劇の題材に時代劇を演じさせるのか、放棄するようなものだと質疑した、と。
※この段落、かなり訳があやふやですのでご了承ください。

“『夜宴』は中国の宮廷の中で起こった物語で、多くの人は僕にはこのような役を上手く演じられないと思っていた。しかし、彼らは知らなかったんだ。アメリカで僕の家族は依然として、僕に多くの中国の伝統の処世術を教えた事を。”

いわゆる“相互作用と影響”――東洋と西洋の対立、時にはひとつの融合をも意味する。呉彦祖は信じ、馮小剛はそのような全面的な理解を持つ映画監督である。

“馮小剛の多くの映画を僕はすべて見た事がある。とてもブラックユーモアだけど、ただユーモアなだけじゃない。彼はとても物語の人物を説明出来る人で、僕は物語の演出の話が聞けるのが好きなんだ。”

呉彦祖は『夜宴』の物語が好きで、大学での西洋の文学の勉強の時間は、彦はシェークスピアの名劇『ハムレット』に夢中になって、甚だしきに至っては、完全に劇中の冗長なセリフを覚えた。
(それとは)別に彼を引きつけるのは、多くの国際的な国内のスターがこの映画に参加している事だ。
武術と舞踊が融合した“中国版ハムレット”は、第一にこのような“アクション劇”の快感を彦に植え付け、このような“大胆”の演出の映画は、彦にとって尽きることがない殺傷力を持つ(それぐらい魅力的って事かな??)と言える。

“『夜宴』の中のハムレットは中国式で、表現方法も中国式だ。『夜宴』の中の舞踊は、人をとても感動させる事が出来るよ。ダンサーはすべて面をかぶり、体を通じて寂しさを表現し、人に更に力があると感じさせる。舞踊は、映画の中でただの視覚の要素ではない。人物の内心の感情を積載して、このような感情の発散するひとつの表現方法で、映画の全体の物語の筋と一緒に結び付けて、人に多くの思いをはせる空間を与えるんだ。”
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